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チベット旅行記 その六

2002年 7月5日 金曜日

朝早くからジョカンに行く予定を立てたのだが、どうも自分の体が調子悪く、昼まで寝てしまう。ジョカンは昼12時までしかやっていないので予定変更。ラモチェとセラ寺に行くことにする。
まずは、ラモチェへ。人力車に乗り訪れたラモチェは石畳の市場のような町並みの中に突如として現れる。ラモチェの中に入るとすぐにバターのあの臭いがした。初めに寺の入り口に有る大きなマニ車をまわし、ラモチェ本堂を囲むマニ車を回した。張り切って全部まわしたので手が痛くなった(笑)。ちなみに、マニ車は寺の周りを時計回りにまわりまわす。
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その後、本堂に入り、ラマの修行を見学。お経が読み終わり、休憩に入った時にラマと少し話をした。何を話したのか特に覚えてないけど、楽しかった覚えはある。

次に、ラモチェの前からタクシーを拾いセラ寺へ。セラ寺へ向かう途中、外の景色を眺めて思う。「あの山って全部富士山より高いか、同レベルなんだなぁ。」壮大な眺めだ。セラ寺に到着。なんだか静まり返っている。迷路のような道をあちこち歩いて、寺を一つ一つ見ていく。
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上写真右のようにしてお湯を沸かしていた。やかんが沸騰していたことからも、やはりここは日差しが強い。空が近い。途中ご飯を食べているラマ僧を見かけた。「もう、そんな時間か。」買って来たスニッカーズを片手に一休み。静かで快晴。映画のような光景が前に広がる。
「ホント空間がここだけ違うよなぁ。」じゅんじいとそんな話をしながら、また迷路のような細道をたどって行く。
しばらく行くと、なにやらガヤガヤと声が聞こえてきた。声から察するに、一人や二人ではない、大勢いることがわかった。一角の囲いの中に入ると、そこにはたくさんの僧が、二人一組でなにやらやっていた。そう。セラ寺名物、ラマ僧の「問答」だ。片方が立ち、片方が座っている。立っているほうは、大きな声で何やら語りかけ、パン!と大きな音をたて叩いた右手を座っているほうに差し出す。これが問いの形だろう。そして、すぐに座っている僧が答えを、短い言葉で返している。そんな僧がざっと見渡して、100人ぐらいいるだろうか。庭が僧で埋まっている。皆でパン!と手を叩きながら問答をやる姿は圧巻だった。
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しばらく、問答を見てから、また御堂回り。どこの御堂にも熱心にお祈りをする人が必ずいて、つくづくチベット仏教のすごさを感じた。更に凄みを醸し出しているのは各御堂に祭られている禍禍しい仏像や煌びやかで薄汚れたタンカだろう。実に怪しげで、いやらしい。チベットのどこへ行ってもあるそれらは、中でも御堂に有るものはまた違っていて、ひと際異彩を放っているのだ。
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また、迷路に戻り歩いていると、今度は歌声が聞こえてきた。どこから聞こえてくるのか?迷路の中からは、上下左右から聞こえてくるように感じる。遠くからは問答の声も聞こえてくる。が、それでもしっかりと歌声が路に迷っている僕たちを案内する。ブレーメンの音楽隊のようだ。照りつける太陽。不思議なチベットの空間に閉じ込められた感覚。閉じ込められても心地よい牢獄だ。さまざまな形容を考えている間に、じゅんじいが「あれじゃないっすか?」と上を見上げる。あ、ホントだ。屋根で何やらやっているではないか。「ヨーオーヨー、ソーラヘレヘサー♪」女性たちが数人見える。何やら手振りでこっちにあがって来い!といっているようだ。早速、抜け道を教えてもらいなんとか御堂の屋根に登ることができた。どうやら御堂の屋根の修復をしているようだ。女性と男性に分かれて、砂利(アガチャ)を木の棒と石で作った道具(パド)で地面を固めている。独特のリズムで歌を歌いながら土を固めている。言うならば道路の舗装のような作業をしている。
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「ヨーオーヨー、ソーラヘレヘサー♪」外国人が珍しいのだろう。興味深げにこっちを見ている。二人もその視線に耐えられなくなり「タシデレ~」の一言。その言葉で向こうの警戒心が解けたのか、「一緒に作業をしないか?」と誘われる。というか、無理やり道具(パド)を渡されやることに。
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リズムは取れるが、一緒に歌うのはとっても難しいが、見よう見まね、聞きよう歌まねでやってみる。なんでも勢いでやってみれば何とかなるもので、いつの間にかみんなの笑いをとるぐらいのことができるようになっていて、気がつけば高山病も忘れ、屋根の上の修復作業が楽しくなっていた。後になって気づいたことだが、容赦なく照りつける日差しの下に行うあの作業は重労働の何ものでもない。しかし、彼らはその重労働に耐えるだけの方法を知っているのだ。歌を歌いながらリズムにのって、さもダンスを踊り楽しむようなあのやり方は、辛い気持ちを忘れさせてくれる最善の方法なのだ。機械を使えば、効率もよく楽であるけれども、20人ぐらいでああやって一日かけて楽しくやるのもいいもんだと思った。
屋根の上からは、ポタラ宮が遠くに小さく見えた。後ろにはセラ寺の本堂。見渡す限りの絶景がそこにはあった。ヒマラヤ山系に囲まれている。気持ちがいい。
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作業が休憩に入り、なかなか通じない中国語とジェスチャーでコミュニケーションを図る。バター茶を勧められたが、それは断った(笑)。うまく言葉は通じないけれど、デジカメで撮って見せてあげると、すごい喜んでくれた。記念に一枚撮ってあげるよとカメラを向けると、気さくなおっちゃんがポーズを取ってくれた。なんて明るい人なんだろう。底抜けに明るい笑顔だ。
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そんな普通は経験できない貴重な体験をした。世界遺産のセラ寺の修復作業に携わった日本人が二人いたことをここに記録しておく(笑)。
市内に戻り、この旅の目的「鳥葬」について、ツアー会社に問い合わせに行く。どうやらそういう闇ツアーがあるようだ。また後日話を聞きに来るということにした。ホテルへ戻る。

今日も、高山病の洗礼を受け、眠れなさそうだ。

Comment

うり坊 #- - URL
2006/04/06 (Thu) 00:33

「ヨ~ソロ~♪」
チベット行った人皆高山病なってますねえ。
俺なんでならなかったんだろ。

>うり坊
かむじゃが #- - URL
2006/04/06 (Thu) 01:46

どうなんだろうな~。人によって気がつかなかったりするみたい。おれは単純になれるまでは寝つきが悪かった気がする。夢の地に踏み込んだことで、興奮していたこともあったのかもしれんけど。そこまで苦しめられた覚えってのはないんだけどさ。

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