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チベット旅行記 その四

7月3日 水曜日 憧れの地チベット

朝9時に起床。旅行社が用意してくれたタクシーに急いで乗り込む。
このタクシーの運転手が遅れてやってきたせいだ。あやうく飛行機に間にあわなくなるところだった。
飛行場で昨日のメンバーと合流。残りの金を旅行社の派遣してきた人に支払う。
ここで旅行社の仕事は終わり。すごい仕事だ。影でどんな努力をしたのかわからないが、表面だけ見ると超楽な仕事としか受け取れない。
あとは、パーミットがない不安と共に飛行機に乗り込む。
ここで一つ忘れられない思い出がある。それはお気に入りの万能ナイフを失ったこと。
失ったと言うよりは自分のミスから起こったことなので文句は言えないのだが・・。
搭乗のときに万能ナイフを間違ってポケットに入れっぱなしにしてしまったのだ。
大きい荷物はすでに預けてしまった後で、しかも、時間も無い。。。
暫くあたふたした挙句、泣く泣くゴミ箱へ捨てることにした。オーマイガー。
思い出のしなだっただけに、あの悔しい思いは一生忘れない。

成都からラサまでは飛行機で2時間。この日は快晴で飛行機の中から下界のすべてが見えた。
ヒマラヤ山系の山や湖がすぐそこにあるかのように見え、とても綺麗だった。
神様が創ったジオラマを神の視点から見ているとでも言うべきなのか。芸術作品を見ている気分になった。
神様が実在するなら、おそらく趣味はジオラマだろう。
そんなことを考えながら2時間、首を痛くするまで下界の様子を見ていた。
jiorama.jpg

jiorama1.jpg

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そして、とうとう念願の聖地に降り立つ。
ラサ空港は規模が小さく、飛行機が空港と直接ドッキングすることはないので、飛行機から降り空港へ歩いていかなければならない。
飛行機から一歩でると、そこには突き刺さるような陽射しとチベットブルーの蒼空が待っていた。
憧れの地ラサは、太陽が近く、空が近く、雲が近かった。とにかく、天と近い。
ここが「神の地か。」そう思うとすべてが神秘的に見えてきた。
歩きながら空気が薄いという話を思い出し、思いっきり深呼吸してみるがそうでもないようだ。
いつ高山病にかかるのだろう。チベットには何が待っているんだろう。
そんな不安と楽しい気持ちとチベットに着たぞー!という感動が入り交ざり興奮してくる。
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ラサ入りして、目的を達成したアメリカ人たちは軽い挨拶をし去っていった。
アメリカ人のああいうあっさりとした行動にはある種の拒否感と尊敬を感じる。
目的を達成したらそれでおしまい。あれをアメリカンスタイルと言うのだろうか。
日本人にはない感覚だ。日本人との違いを再認識する。

空港からラサ市内までは離れていて、タクシーかバスで移動することになる。
所要時間は大体1時間半。
とりあえず、ガイドブックに載っている一番安いドミトリーのあるスノーランドホテルに向かうことにする。
そのホテルを知っていたタクシーの親父を見つけ送ってもらう。
騙される心配をよそにタクシーの親父は結構いいヤツだった。チベット族だったのかな?
ホテルに着き、パーミットのことを心配し、ドキドキしながらフロントへ。
部屋があることを確認し、チェックインの手続き。
その時とうとう許可証はあるか?と下手な中国語と流暢な英語で聞かれる。
心では「終わったな。」という言葉が響き、かなり焦る。
ここまで来て帰れといわれたら、、と不安が広がる。
「待ってろ」と一言残し、フロントの人が後ろに居た人と何か話している。チベット語なので聞き取れない。
しばらくして、許可証がなくても泊まれると言われ安心する。荷物を持って来いと部屋に案内してくれる。
このとき思ったのだが、許可証っていったいなんなのかということだ。意味があるの?と。
まぁその分得したので深くは考えないでおこうとそのときは思ったが、今思えば、結局、中国が外国人から金を取りたいだけなんだろう。
外国人料金などの不平等条約は撤廃されたはずなのだが、あの手この手と方法を変え外国人から金を取っているのが今の中国の現実だろう。

スノーランドホテルは、チベット人が経営しているらしく、従業員はすべてチベット人だ。
日本人と思われる人たちや、韓国人、他欧米系の人たちもたくさんいた。
ジョカンまで一番近い安ホテルとして有名で、この後わかるのだがいろんな意味で好い位置にあった。
ジョカンまでは歩いて5分ぐらいだったか、忘れたがとにかく近い。

荷物を置き、部屋で一休み。暫くしてホテルの様子を見に行く。
ここはホテルと言うか山小屋といったほうがぴったりくる。
遠くには険しい山肌がはっきり見える山が見え、相変わらずのチベットブルーの蒼空があった。
この頃から頭が重くなってるなぁ程度の感覚が出てくる。
始めに高山病だと意識したのはホテルの階段を登っているときだった。
一瞬、後ろによろめきそうになってようやく「あ、これが高山病の初期症状かな?」と確認する。
それからは、とにかく歩くだけで息苦しくなる。動かなければなんともないのだが、歩くだけ階段を登るだけで心臓がドクドクし、頭がぼーっとする。
生まれてはじめての経験だったが、噂どおりきつかった。

晩飯はホテルの前のチベット料理屋さんに入る。
チベット特有のトゥクパという麺を頼んだつもりだったが、それかどうかは判断がつかなかった。
じゅんじいはトゥクパだと言い張っていたが、おれは違うと思った。
また、チベット独特のバター茶を飲んだ。これは本当に独特と言うしかない(笑)
個人的にはこれは飲めなかった。はっきり言っておいしくない。
コップ一杯も飲めないのに、3元で出てきたのはポットいっぱいのバター茶。
心苦しかったが、ほとんど飲まないで残してしまった。
いつもは残すのを嫌がるじゅんじいでも飲みきれないようだった。
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中国語で書かれたメニューの横には、チベット語でも載っていた。
よく見ると店のあちらこちらにチベットの置物や、チベットカレンダー?などがあり、自分たちがチベット文化圏に居ることを再認識できた。

チベットは激乾燥地域なので、一日に水を大量に取った方が高山病にもいいとガイドブックに書いてあったので水を買いに行く。
驚いたのが、このときもそうだったのだが、チベットでは硬貨が使えなかったことだ。
歴史上問題があるとはいえ、自分の国のお金に対して「それは何だ?」と問われたのには笑ってしまった。
「いや、中国のお金ですけど・・」
そんな感じで最後までいろいろあったが、また長い一日が終わった。

そして、この後、高山病で苦しむとは思いもよらなかったのだ。

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